治癒
私は、治癒とは、全て自己治癒だと思っている。
他者が、癒すのではない。自分が自分を癒すのだ。
正確には、自分が自分を癒していくんだ、と決めること。
かつて、辛かったあの時。
どん底だ、と感じたあの時、私は、表面的には誰かに助けて欲しくて、誰かに導いてほしくて堪らなかった。
自分の今の辛さを、すぐに楽にしてくれるものが欲しかった。
誰かに縋って、自分の辛さを、一緒に分かち合って欲しかった。
でも、今思うと、それは違ったと思うのだ。
自分でも氣づかない心の奥底では、
私は誰にも助けてなんか欲しくなかった。
私は、自分で自分を愛せるようになりたかった。
他の誰かの愛があるうちは幸せだが、なくなったら生きていけない幼い自分ではなく、
他でもない、私が私を愛している、信じている、どんな時でも、私が私を護る、だから、外側がどんな状態でも、絶対大丈夫。
そんな自分になりたかったんだ。
下手にあの時、導こうとする人にリードされていたら、今の私は居ない。
いつまでも、愛されたいと泣き、一時の状況に風に舞う葉っぱのようにふらふらと左右されるままだっただろう。
私の魂は、いつだって、本当の望みに導いていた。
私の自我さえも知らないところで。
私の魂は、私の存在を、ディスカウントなどしてはいなかった。
過去も、今も最高の自分へ導こうとしている。
だから、全ての治癒は、自己治癒だと思うのだ。
繭から、自然に脱皮していく蝶の幼虫に、無粋な人間の手がお節介に触って、自然で最も美しい変容を妨げないように。
ある時から、私は、自分のことを愛せるようになった。
それは、自然な変化だった。
ある日突然劇的に、ではなく、ある時、ふと氣づくという形でそれはやってきた。
自分を1番愛しているから、他者からの愛はマストではなくなったのだ。
そして、その状態は、今までのように状況に左右されてふらふらと移り変わり、アップダウンのあるものではなくて、
一度そうなったら、もう前には戻れない、という絶対的変容だった。
愛も、幸せも、片道切符で、自分からの愛を知ったらもう以前の『無い』には戻れない。
だって、どんな時でも自分がここにいるだけで唯幸せで無条件に愛されているのだもの。
最近、私は、いちばん辛かった子どもの時でさえ、実は誰かに助けてなんか欲しくなかったのだ、ということにアッと氣づいた。
私は、自分に助けて欲しかったんた。いつでも私が私を救いに来て欲しかったんだ、と時空を超えて氣づいて、ドライブ中に涙が出た。
いつだって、自分は、自分自身が救いに来てくれるのを待ってる。
ずっとずっと、100年だって待ってるから。
自己治癒の過程を見守り、サポートするのが、カウンセラーの役割だと信じている。
上田ハートケアカウンセリングユニティ
坂田李愛
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